まえがき
本書は、拙著「上司のための人を活かす人事考課ハンドブック」(経営書院刊)の続編として執筆したものです。
人事考課という考課者の判断行動については、すでに前掲書第四章で取り上げたところですが、本書ではその三つの判断行動のうち、二つの判断行動、1行動の選択、2要素の選択、という核心的側面に照準をおいています。もちろん3段階の選択が重要でないというわけではありませんが、上司(企業)が期待し求めたものを、部下がクリアーしたかどうかの正しい判断を下すには、まず当初の役割の設定いかんにかかっており、この職務基準や、そのベースとなる等級基準の期待像が具体的に決定づけられ、なおかつ考課者、被考課者間でしっかり相互確認がされているならば、そうそう判断上の極端な過ちをおかさずにすむといえます。
しかし、実際問題として、この判断を下す基準となる職務基準が、いかに明確にされていたとしても、その基準の運用というか、適用がまずければ、せっかくの基準も無用の長物となってしまいます。
そこで、人事考課における判断を誤まらないためには、基準を適用する対象となるものを正しくとらえ、そして基準の適用方法を誤らないようにすることが、重要な要素となってきます。
さて、基準を適用する対象ですが、それはまさしく、人事考課の対象となりうる行動ということになります。部下の行動のすべてが考課の対象となるわけではありません。そこでまず、どの行動が人事考課の対象となるか、どれがならないかを的確に判断することが適用対象を正しくとらえることになるわけで、これを人事考課では「行動の選択」といっています。つまり、人事考課でいうところの「行動の選択」とは、上司(考課者)の目に映った部下の行動のうち、考課の対象とならない行動を切り捨てたり、取り上げていく上司の判断行動をさすわけです。
考課の対象とならない行動を切り捨ててしまったあとの行動は、すべて考課の対象ということになりますが、その行動に対し、どの基準を当て込むことを判断するか、これが基準の適用方法です。人事考課では、これを「要素の選択」といっていますが、せっかく、行動を正しくとらえても、その行動に対し、どの基準を当てはめるかの判断を誤まっては、適正な人事考課とはなりえません。
最後は、その行動と基準を照らしてみて、その行動が、期待基準に対してどうであったかの判断を下すことになるわけで、これが「段階の選択」です。「段階の選択」は、人事考課という判断行動の最終工程に匹敵するわけですが、この最終工程は、基準が明確にされており、対象となる行動もしっかりとらえられ、しかもその行動を評価するにふさわしい基準が適用されているかぎりにおいては、判断に極端に迷ったり、ひどく躊躇したりすることは、かなりさけられそうにも思えます。
このような見方に立つと、人事考課の三つの判断行動は、「行動の選択」と「要素の選択」という前工程に、かなりのウエイトがかかっていきます。
一方、現実の職場においてはどうか。この三つの判断行動のうち、考課者の皆さんの多くが苦労されているのが、「行動の選択」ないしは「要素の選択」にあることは、まぎれもない事実のようです。
これは、実際に各企業を訪問して人事諸制度や人事考課制度の見直しのお手伝いをしたり、考課者訓練を実施したりする折に、多くの管理監督者の方々から、異口同音にでる言葉でもありますし、そのウラハラの関係として、判断に対する確信や自信のなさなどのために、間違った考課を行ったり、またそれがそのまま罷り通っているという事実も数多く見てきました。
人事考課が選別の論理に基づく相対考課である場合ならともかく、育成の論理による絶対考課においては、この三つの判断行動にしたがっての考課は欠かせないところです。それは、相対考課が、たんに人物比較をするだけで十分であるのに対し、絶対基準というモノサシに対して、部下の行動はどうであったかの判断を迫られるものであるからです。
したがって行動そのもののとらえ方がいいかげんであったのでは、絶対考課は成り立たなくなってしまいます。絶対考課においては、まず“初めに考課の対象となる行動ありき”で、その対象となる行動について問うことが、成立の不可欠要件といえます。
三つの判断行動は、それ自体が行動の観察と分析の過程とも考えられるところから、人事考課はいかに行動を観察し、分析を進めていくかにかかっているともいえます。考課者としては、正しい判断行動をするためには、部下の行動を観察し、分析することが求められるのは、当然としなければなりません。
とはいうものの日常多忙な管理監督者が、部下の――それもいく人かの――行動の一切を観察、分析、するとなると、これは管理監督者にとっては大変な重荷となることはのがれません。終日、部下の行動の観察と分析に明けくれるというわけにもいきませんので、観察、分析をするにしても、条件的にかなり制約されることは明白です。
そこで、もしできることならば、管理監督者が、多忙な中での効果的な観察、分析を行い、正しい判断行動ができる手がかりがあればということになるわけです。その手がかりの一助にと本書は考えております。
その中でも、「行動の選択」と「要素の選択」の判断を、適切に行うための“行動の観察と分析のための着眼点”は、大いに活用していただけるのではないかと考えます。
この“行動の観察と分析のための着眼点〈略して行動の着眼点〉”については、第2章で詳しく触れておきましたが、行動の着眼点とは、一口に言うならば、それは、あらかじめ、部門や職場単位に、人事考課の対象となる行動を洗い出し、考課区分または考課要素別に分類整理したリストであり、かつまた、「行動の選択」「要素の選択」の判断を下す際の手がかりとなるものである――といえます。
もちろんこのような“行動の着眼点”をつくることや、それを手がかりに考課を進めることには、多少の問題点があるかもしれませんが、多忙な部長、課長さん、係長、主任、班長さんが、時間の制約という不可避的条件の中で、部下の行動の観察と分析を効果的に行い、その観察と分析をとおして、正しい判断行動に一歩でも二歩でも近づくことができるならば、それなりに意義あることではないかと考えます。
この着眼点を含めて、人事考課の三つの判断行動を正しく行うためのノウハウを集約し、さらには、人材評価の理解を深めるための演習も用意しました。これが本書の内容です。
本書は、前著の「上司のための人を活かす人事考課ハンドブック」の続編としてとりまとめた関係上、前著との併読によって、絶対考課に関するより一層の理解を深められるものと確信いたします。また、本書を十分に理解していただくことが、前著の理解をさらに深める部分もかなりあるように思います。
前著同様、各企業の考課者の方々にご活用いただければ、望外の喜びとするところです。
二〇〇八年四月
野原 茂
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